民家の壁

スペインに住みついて27年。

題材を探しに村々を訪れて走り回った車の走行距離がちょうど36万Kmを越えた。毎度のこと。大自然の中に溶け込んだ村に足を踏み入れたとき、ドアの隙間や窓の奥からの警戒のまなざしを意識する。壁を描き始める―――。

戦乱で打ち壊され、幾度となく積み直された民家の壁には血と涙とが塗り込められている。娘のために隣家の壁を借用した建て増しには笑いと喜びの汗とがいっしょに塗り込められている。民家の壁は決して平面ではない。凹凸に継ぎ足された壁。壁の割目から民族の歴史の色と匂いが漂ってくる…。

戦いのあるときがむしろ平常時と思えるようなスペイン史に近代的な平和が訪れたのはわずか28年ほど前。複雑で多くの民族が入り混じった社会に生きてきたスペイン人はとことん自分の権利と完全な自由とを主張し規格統制を嫌う。村も、自分の家も、自分たちの手で好むようにつくり上げてしまう。そんな伝統がある。

自分たちに害も制約も加えない男とわかると村人たちは「ブエナス!」と声をかけながら近寄ってくる。だが、ここからの演技いかんでその日の仕事が出来るか出来ないかが決まってしまう。少しでもスペイン語が話せるとなったら、さあ大変。やれ、水だ、ワインだ、昼食は私の家だと勝手にこちらのスケジュールを決めてしまい、おまけに「セニョール! この窓は閉まっているし、煙突は……」と絵をじーっと覗き込んで注文をつけてくる。この純朴さと明るさ。透明感。そして暖かさと心の豊かさをいっしょくたに抱え込んだスペインの大地の心を描いてみたい。

だがこの笑顔の裏には、羊飼いの子供は羊飼いにしかなれない、土地は永遠に地主のものというどうしようもない諦めの気持ちが見え隠れし、それが暗い窓からちょっぴり滲み出てくる―――。

あるがままの姿をしっかりと見つめながら、こんな思いを画布に塗り込めております。

教会のイラストマドリーにて澤口友彌教会のイラスト