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時おりおりのメッセージ - 69号 続・様変わり(二)自給自足

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69号 続・様変わり(二)自給自足2007/06/30 8:37 am

「人の集まっているところ、デモ行進の現場には絶対に近づくな」
これが来西して最初に世話になったスペイン人の第一番目の忠告だった。

19世紀中に国が5回も分裂し、20世紀に入って極めつけというべき「2つのスペイン」は、1936年からのフランコ独裁政権がつくりだした。敗者は沈黙。民衆は上からの強権に順応することで、似非の平和を40年間強いられてきた。

独裁者のいつも決まって使う手である民衆の単一化の政策のなかで、民衆は生きるために、自分の子孫を残すために、個性を埋没させられてしまった。それは群衆という単なる群でしかなかった。言語、食べ物、民族という宗教を共有する者たちの体臭の共通化は、ことなる体臭には排他的に作用し、団結と均質化による無個性化を極限まで強制した。群の内では相互の監視と、密告による賞罰と差別による恐怖社会であった。

フランコの死後半年を過ぎたマドリーの市内でも、なにか変わった行動をとれば官憲に拘束されるという身についた恐怖感が先立つのだろう、道路に倒れている人を助けようとはせず遠巻きに横目で眺めているだけだったし、フランコ、ファランヘ(フランコ政権の御用結社)、グァルディア(思想警察の略称)は人前では口に出すな!とわしもよく忠告された。思想警察は在西日本人のあいだでは、帽子の形が神職のものに似ているので「ねぎさん」の隠語で呼んだものだった。

ところで先日、わが高層長屋の下の公園に新しく遊歩道を増設している現場で作業員が溝に埋まる事故があった。騒がしい叫び声でテラスに出てみると、背広の上着を脱ぎ捨てた男が溝に飛び込むところだった。状況判断した娘は手持ちの飲料水のボトルをぶらさげて現場に急行した。近所の住人も通りすがりの若者も加わって土を取り除いている。ようやく救急車が到着するといっせいに「早くせよ! 足をやられている! 担架はここへ! 静かに動かせ…!」などなどと救急隊員に文句をつけ、出発は拍手とともに「がんばれよ!」のエールで見送っていた。あれから30年。スペインはすばらしい変革を遂げたんだ…!と感無量で、わしは助っ人全員にテラスから拍手を送った。

この能動的な、並一通りでない変革への原動力はなんだろうか?

そのひとつは「自給自足」の心だとわしは思う。これは日本での「自分のことは自分で解決する」という耳慣れた言葉の遊びではなくて、自分は何者であるか?の問いに自分で答えを出すアイデンティティの確立のことだ。換言すれば「個の確立」といえる。このように30年間でスペインは没個性の単なる群(むれ)から不特定多数の個が結集した集団にまで成長したのだ。

そしてふたつ目には「人それぞれ」という価値の多様化である。

日本では、人間ふたり寄れば競争が起きるのは納得できるが、勝者は唯一経済的勝者でありすべてが経済効果だけで猛進している。その結果は「つまらない」と感ずる人の増加という社会の空洞化現象を起こしたり、不祥事連発の救いがたい低迷化社会となっている。

一方スペイン流では「別の条件で考えれば勝者はおのずと別に出現する」となる。人それぞれが持つ固有の価値観を認めあうわけだ。社長も運転手も会社を一歩外へ出ればそれぞれ別々の専門職として同格で対応し、社長が女性事務員のためにドアを開けて待つことも珍しいことではない。

自分の道は自分で切り開き、相互に他者の流儀を尊重しあえる社会は、スペインの空そのものように透明であたたかい。

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